ふと本棚を整理したら小学生の文集を見つけた。
作者の当時の文才が見られたので書いてみます。
題名からすごかった・・・
題名
「おいたちの記」
昭和五十六年ニ月十八日鳥取県境港市上道町のおさんばさんの手によって、
ぼくが誕生した。その時のことは、あまりおぼえてないけど、
なんだかんだ言っているうちに、すくすく育って、ようち園に行っていた。
そこで、はじめての、友達が出来た。あまりおぼえてなくて、また2年間
過ぎて、小学一年生になった。はじめての学校は、とてもドキドキした。
入学式をやった時の体育館は、とても、広かったと覚えています。
その時は、体育館シューズをはいて、はきかえるのがとてもめんどくさかった。
また、一年が過ぎ、小学二年生になった。あまり覚えてないから、
また一年が過ぎ、三年生になった。
一、二年の時の、先生が、かわって、新しい先生が来た。
また一つのせいちょうして、心も、体も大きくなった。
友達も、変わって、はじめは、不安な、気持ちもあったけど、
1ヶ月したら、なれました。また一年が過ぎ、四年生になった。
あまり覚えてないのでまた一年が過ぎて、五年生に、なった。
でも、そく、悲しいことが、おこった。
修平君が、てん校してしまうことだ。
とても悲しかった。それから、こずえさんと、平ちゃんもてん校して
とても、さびしかった。でも、フローティングは、楽しかった。
ほかの学校と交流出来ておもしろかった。
でも、ねる時、人が、うるさくて、ちっともねむれませんでした。
そしてもう一つ、スケート。はじめは、ちょっとすべれなかったけど、
すぐすべれて、簡単でした。
そんなことや、スズカサーキットも楽しかったです。
そんなこと言ってるうちに、六年生になった。
ついに、小学校、最高学年になった。はじめの行事は、修学旅行。
伊せとな良に行きました。
しかや、めおと岩を見ました。
前ちゃんもまた、てん校しました。
でも、とってもいい、おしらせは、25m泳げたことです。
苦労して、ヤット、25m泳げました。
それからは、50、100、200、400、600、650mまで、泳げるようになりました。
そして、スキーにもいった。
マキノがだめになって、ビワコバレイになりました。
スキーは、とても簡単でした。
最初っから、うまくすべれました。
心ぱいしたけど、とーーーっても、簡単でした。
てんこうせいが、4人もいて、悲しかったけど、うれしいこともありました。
うん、なんて句読点が多い文集なんやろ(笑)
小学4年生覚えてへんって書いてるけど・・・嘘やな(;一_一)
なんたって今でも俺は覚えている。。
あの椅子や机を放り投げて来た教師を・・・(恐)